2013年2月2日土曜日

ありのままで完璧な

人は、 ありのままで完璧な存在 なのだという。

でも、その言葉の意味を私は理解できないでいた。

だって、私は完璧なんかじゃない。至らなさも、くだらなさも、妬ましさも、嫌というくらい持ち合わせ

ているのだもの。


昨日、この言葉を主題にした合気道の本に出会った。そこにあったのは、大人ではなしえない事を

わずか三歳の子供がいとも簡単にできてしまうという事。

力ずくで倒せない相手も、邪心の無い子供は、手を触れるだけで倒せるというのだ。

ちょっと、??って思ったけど、人は本来宇宙とつながっていて、その力(深層心理やその他の言

葉で呼ばれていたりするけれど)を自由に使えていたのに、大人になるにつれて、いろんな邪心を

持ったり、謙虚さを失くす事で失われていくのだと。


「ありのままで」という言葉の意味は、「今」という意味ではなくて、「本来」という意味なのだろう。

そうなのだとしたら、すごく納得がいった。泣きそうになった。

そして、同時に私の中で、中原中也の「よごれちまった悲しみに」という詩が浮かんできた。


いろんなものが、絡み付いて汚れている。だから、それらを洗い流していく。

そして本来の(私には、オーブのイメージなんだけど)自由で完璧なものに還る事ができたなら。

そう、足りないのではない。余計なものが多すぎるだけなんだよ。

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