2013年1月31日木曜日

嵐の後で

乱気流の一日が過ぎた翌日、何事も無かったかのような顔をして、一日は終わっていった。

そう、結局は まわりはなんの関係もないんだよね、と、改めて思った。

昨日は、私に出来ることを できるなりにやってみた。

できるうちに、できる範囲で。いつか、できなくなる日が来るかもしれないのだから。


「お互い様」って言葉がある。 助ける事は、いつか助けられる事につながっていくかもしれない。

いや、もしかしたら、それ以前に誰かの役に立てるなら、きっとそれだけで満足なのかも。

手を貸すほうが、実は救われている事だってあるのだ。

「人」の中で生きていく以上、「関わり」は、避けて通る事は、もったいないんじゃないか?


ひとりで生きていくほうが、楽な気もしていた。でも、どうしたんだろう?

最近、自分の中でいろんな心境の変化が、科学反応みたいに起きている。

とどまらない。

ああ、そうだよ。「変わっていく事だけが、唯一変わらない事」だったね。

2013年1月30日水曜日

乱気流

昨日はまさに、感情の乱気流だった。

身体が疲れていると、普段忘れているはずの 過去の嫌な記憶がよみがえってきて。

それも、次々 次々。

しまいには掃除しながら、思うようにきれいにならない!と、部屋に当り散らす始末で・・・

はい、手に負えません。


仕方ないから、「夕飯簡単に済ませて、とっとと寝てしまおう」と、思うときに限って、どうしてなんだ

ろう?普段しないような、わざわざ手のかかるものを作って、余計に疲れてたりする<<o(>。<)o>>

まあ、美味しかったけどね。


過ぎた事でいつまでもイライラしたり、悲しくなったりするのは、もううんざりなんだけどなぁ。

しまいには、子供の頃のことまでさかのぼってしまったり>< 

そういう昨日も、もうすでに過ぎた事だね。

気持ちを切り替えて、新しいまだ見ぬ1日を始めましょう・・・か♥

2013年1月29日火曜日

宣言

眠い。それも尋常じゃないくらい、眠い。

地球の重力って、こんなにあるんだ?って、改めて思うくらいに、身体が沈み込んでいくみたいな感

じがする。

冬眠中のクマって、きっとこんな感覚なのかな?


じゃぁ、寝ればいいじゃん!って思うのだけれど、それがそう、素直に行動に移せない。

どうでもいいようなことや、ぜんぜん別の日でもかまわない事なんかで、時間があっという間に過ぎ

ていって、気がつけばタイミングを逃してしまう。


でも、身体は眠りを欲しているわけで。

今のこの状態は、それを無視している状態なわけで。

こういうのが積み重なっていくと、のちのち厄介な事になるのだから、芽は小さいうちに処理してお

かなくっちゃよね。


というわけで、今日は寝ます。もっとも、あと1時間くらいで、お迎えなんだけどね(*^。^*)

2013年1月28日月曜日

植物の力

いつの間にか知らないうちに、花が咲いていたりする。宿根なのだろうけど。

自分がかつて植えたのだろうけど、そんなことさっぱり忘れていて。

だから、肥料どころか、水さえもあげることは、ほとんど無いのに、律儀に咲いていてくれる。

見つけたときには、すごくうれしくて、「ありがとう」って、笑顔になる。

私のために咲いているわけじゃない。でも、そこにそうしていてくれる事が、素直にありがたいなぁ

と思える。


今朝、庭にスノードロップの新芽を見つけた。今までどこにいたの?って思うくらい、いつの間に

か芽だししていた。この子は、長い付き合いなので、会うと旧友に再会したような感覚になる。


地上に見えるのは、ほんの一部分だ。地面の下では、私たちの知らない力が常に動いている。眠

っているように見えても。



植物は強い。ただ、「生きよう、生きよう」 としている。

すごくシンプルだ。そして、なんだか潔い。

2013年1月27日日曜日

Full moon

今日は、Full  moon 満月である。ここ数ヶ月、満月の前になると 感情の乱れ とかがあったのだ

けど、そういえば今回は無かったような・・・?

手放すのに良い日 だという事で。


それを意識していたわけではないのだけれど、ここのところ「無」になろうとしている。

一時の時間でいいいので、雑念を払って、頭の中をクリアにしたいと。

瞑想ができればいいのだろうけど、まだまだそこまでには遠く及ばず。


でも、昨日車での移動中(私は後部座席ww)「ふっ」っと無になれた瞬間があった(ように感じた)

意識も身体も。なんだか、うまくは言えないのだけど。すごく心地よかったのだ。

就寝前にも(相も変わらず布団の中で)試してみたのだけど、やっぱりそこでは雑念が思い出し考

え出しやってくる。

その度に、川に流すようにイメージしてみるのだけれど。


もう、あれだね。「桃太郎のどんぶらこ」状態 ((ノェ`*)っ)) いつも同じ事や、どうでもいいようなこと

まで、実にさまざまな「桃」が、流れてくる。

落ち葉ひとつ流れてこない川を 私はイメージしたいのだよ。


今日は、それにもってこいの日。

どうか、桃が流れて来ませんように(笑)

2013年1月26日土曜日

本当に見る夢が変わってきたなぁ・・・と思っていたら、久しぶりな夢を見た。

大きな家に住んでいるのだけど、その大きさがひたすら、ひたすら広い・・・

「こんな家、どうやって管理するんだろう?」って思うくらい。

誰の家なんだろう?我が家という感じではない。 一応そこに滞在はしているのだけど。

居心地はあんまり良くないんだよなぁ。どこか、他人の家って感じで。


そういう夢は、ここ何年か時々見ている。

今いる家に対しての、素直な感情なのかもしれない。(普通の家だけど)

私の中で、まだ、「他人の家」という感覚があるんだろうなぁ・・・と、今書きながら思った。

クリーニングしてよっていう、「家からの声」なのかもね。

2013年1月25日金曜日

知っていること

一年間 毎回毎回、(言葉は変えながらも)同じことを言われてきて、ようやく「あ!」って、体感とし

て理解できたような事が、今日あった。

頭で理解してるのと、体感することの タイムラグって、本当に長い。


どんな事にもいえるのだけど、私にとってそれを特に実感したのは、学生のころに習った「言霊」に

つきる。

その場でも、それからも、ずっと理解していたつもりでいたのだ。本気で。

でも、最近、自分は「本当はその事について、何も分かっていなかったのだ」という事が分かった。

自分は何十年も猫のつもりが、実は魚だった・・・ぐらいの衝撃だった(  ̄皿 ̄)σ

多分、今私が理解しているのさえ、まだ入り口の部分なのかもしれない。


世の中、知らない事だらけだ。だから、どんな世界でも知る事は楽しい。

でも、「知っている」と思う事と、本当に「知っている」という事の間には、ものすごい距離があるのか

もしれない。

・・・ということを「知っておく」ことは、いい事なのではないかしら?

2013年1月24日木曜日

つかの間の時間

あと20分の時間がある。

20分後には、また出かけなくてはならない。

でも、20分ある。

暖かい飲み物(今日はキャラメルマキアート♥)を飲んで、リセットしてから、出かけよう。


頭の中は、今日一日のするべきことのスケジューリングで、フル回転している。

紙に書き出すといい・・という話もきいたけど、今こうしてブログを書いている間に、タイムアウトにな

ってしまうんだろうな(笑)

いったいどれだけの物事が、狭い頭の中をひしめいているんだろう?

全部、全部、追っ払って、クリアになったら気持ちいいだろうな。


「無」の世界。瞑想って、きっとそれを目指すんだろうけど、なかなか難しい。

きっと、横着して、寝る前に布団の中でやってしまおうとするから・・なんだろうという事は、

充分わかってはいるのだよ><

2013年1月23日水曜日

お知らせ

新しい 詩 をひとつ 「あしあと」 のほうにUPしました ☆*¨ƸӜƷ

書くものを順次 UPできれば、よいのだけれどなぁ・・・

ありがとう

今日は、朝からどんよりとした曇り空。

淡い朝の光を楽しみに、チビちゃんの送迎をしている私にとっては、少し物足りない一日の始まり

だった。

それでも、朝の早い時間に、次の企画を練っていた。

知らない分野に、足を踏み入れてみようと思う。


私は、いったいどこに向かっているのかしら?でも、なんだかやりたい事が次々にあふれてきて、

妄想がふくらみっぱなしになっているww


なによりもありがたいことに、いろいろな出会いがある。それは、人であったり、言葉だったり。

目に見えないたくさんの人にも、すっごく励まされている。

本当に、いつもいつも ありがとう♥

2013年1月22日火曜日

みつばち

みつばちの生態に興味を持って、一時期いろいろと調べていた頃があった。

発端は、「飼育されていたミツバチ達の失踪」が、あちこちで問題となったニュースだった。

なかでも1番衝撃をうけたのが、「空っぽになった巣箱の外に、たくさんの幼虫達がほうり出されて

いた」という事。

私の中の常識で、幼虫を捨ててみんな大人たちがいなくなる・・ということが、どうしても理解できな

かったのだ。置き去りではない。文字通り、「ほうり出されて」 なのだ。

結局、詳しく突き詰める事はできなかったのだけれども、その件に関しては、自分なりの仮説を立

てるまでにはなっていた。


で、今日偶然立ち寄ったお花屋さんが、面白いかたで(笑)

色々なお話を聞かせてくださったのだけど、なんと、個人で養蜂もされていたのだ。(他にもいろい

ろされていたけど)

今度、街中のビルの屋上での養蜂も始めるらしく(許可が必要なのだけど)街の活性化も含めて、

いろんな面白い計画を持たれていた。


師匠!と呼びたい・・ww みつばちについて、語り合える人ができたのだ(*′艸`)

出会いは突然やってくる。しかも必然であるらしい。

なんだか 新たな楽しみ が増えていくような、予感がした。

いろいろなこと

最近、朝が早い。基本「早寝早起き」なのだけど、ここのところ、朝の4時には目が覚める。

まだニワトリは起きてないね、きっと。

昨日新しい童話がひとつ書きあがった。まだこれから推敲はしていくのだけど。

自分の子供に読んで聞かせる前提で書くから、自然と内容もソフトでやさしいものになる。

同じ人間が書いたのかねぇ?って思うくらい、ものによって全部違う作品なのが自分でも面白い。


昨日は久しぶりに本を1冊丸ごと読む時間がとれた。いつも書店で目に付いたものを直感で選

んで読むのだけど、昨日選んだ本はいろんな意味でタイムリーな本だったな。

簡単な紹介まで書く暇が今は取れないので、タイトルと著者名だけ、あとで「本棚」のほうにあげて

おこう。書き記しておかないと、自分が何読んだのかすぐに忘れてしまうので・・・そういえば、本を

最後まで読んでから、「この本、読んだ事ある気がする!」っていうことが、けっこうあったりする

今日この頃(*^。^*)


他人との付き合い方についても、少し違う角度から物事が見られそうな情報を友人からもらった。

いろんなものが入ってくる。今はそれが面白い。いつか全部がパズルのピースみたいに、繋がって

いくのだろうな。


ところで・・・「はったり」って必要なの? 今、ふと思った。

2013年1月21日月曜日

前触れ

何気ないことが、その後の前触れだったりする。

その時は意識していなくても。

でも、最近は、なんだか全部が繋がっているような気がして、そのつもりで心にとどめておいたら、

案の定・・・って感じ。世の中、面白い。


その前触れが無かったら、私は新しい変化を受け入れるのに、かなりの抵抗があったと思う。

だから、話が出た時は、「ああ、やっぱり」くらいの感想だった。


感覚を研いでいたら、そういうのって、けっこうあるらしい。

無駄に考えない。感じる。

そうして身をゆだねると、変な痛みは無いものなんだよねぇ。

2013年1月20日日曜日

変なトイレ

赤ちゃんと遊んでいる夢を見た。夢の中では、実の子である。かわいくて、愛しくて・・・幸せな夢だ

った。実は最近、見なくなった夢がある。「トイレ」の夢だ。もう何年も、何年も前から、「変なトイレ」

の夢を見ていた。壁がなかったり、人が中にうじゃうじゃいたり・・・<<o(>。<)o>>


夢診断では、「プライベート」の必要性を求める気持ちの表れらしい。 実際、ここ何十年の間、私

のプライベートは、「無い」に等しかったのだ。正確に言えば、「トイレ」以外に、プライベートは無か

ったのだが。

知り合いのすすめもあって、家族に協力を要請(宣言?)した。多分もう1年くらい前になるのだろう

けど、ようやく、家の中でも私が安心できるようになったんだろうか。

こんな書きかたをしたら、なんだか特殊な家庭みたいなんだけど、そういうわけでは、決してないと

は思うんだよなあ。


精神的なDVというと、言いすぎだし、言葉は悪いのだけど。でも、人によって感じ方は本当にさまざ

まなんだよね。「嫌だ」 と、本人がいうのなら、それは理解できなくても、「嫌」 なのだと認識する

必要はある。それもまずは、自分自身が。案外分かっていないまま、ずるずると引きずっていくこと

のほうが、多いのかもしれないけどね。

2013年1月19日土曜日

玉ねぎ

ここのところ新しいものがどんどんと入ってくる。 それに追われて、気持ちを振り返る時間が、な

かなか持てなかったりしてるなぁ。

心に少しひっかかるものがあって。それを今、すっごく分析したい!笑

なんか、最近目にするもの、耳にするもの、いろんなところで、意味を見てしまうから。

今のひっかかりも、きっとなんか意味があるんだろうなぁ・・・って思ってしまうんだよね。


ああ、そうか、考えないで手放していけば、またつぎのが出てくるんだっけ?で、またそれも手放し

ていく・・・

忘れてました。単純なこと。気にしないのではなくて、ちゃんと受け止めてから、流していくんだね。

受け止める事をしないから、いつまでも離す事さえできなくなってる。

本当に、玉ねぎの皮剥きだわ~。いつ終わるともしれないけど、少しずつでも変わっていけている

から、いいんだろうな。きっと、これで。

2013年1月18日金曜日

心の変化

私は、1人の人間であり、妻であり、母である。

そのどれもが独立した存在ではなくて、互いにリンクして、うごめいている。

もっとも、一番の大元は 個 としての 我 なのだろうけど。


どれもが少しずつ、形を変えながら、進んでいっている。

一体どこへ向かっているのかは、さっぱりわからないのだけど(*^。^*)

でも、きっと、私にとって居心地のいい場所を模索しているんだと思う。

正しいとか、正しくないとか、そういう判断はできない。

いつだって、その時に出来る ギリギリ だったのだから。


親であることは、子供と向き合うことでもある。生き物?相手なのだから、相手の成長に合わせ

て、こちら側も変わっていかないといけないのだろうなぁ。

伴侶は、そうそう激しくは変わらない。どちらも同じ生き物ではあるけれど、その変化は、きわめて

穏やかだ。形のあり方としては、変わることがあっても、本質の部分は、多分変わらない。


親として(子供の成長に対して)変わらなくてはいけない、と思う心の変化については、その事自体

が、私にとって新たな発見であったりもするのだ。

そしてそれは、私ひとりでは出来なかった事であって、伴侶とともに考えてでたことであり、それは

伴侶が私とは違う価値観を持っているからこそなんじゃないかと思う。受け入れる心の余裕も、そ

こにはもちろん必要になってはくるのだけれどもね。


ひとりでいたら、見えないものがたくさんあると思う。もっといろんな人たちに出会いたいな・・・と、

思ったりもしたのだ。生まれて、はじめて。

2013年1月17日木曜日

受け取ること

「受け取ること」が、下手なんだなぁ・・・と、つくづく思った。 いきなり不意に、だけど。

何かをもらったり、してもらうことに全く抵抗無く、手放しで「ありがとうヾ(*^▽^*)ノ」と言える人もい

れば、される事に対して、なんだか申し訳なくって、「ありがとう」と言いながらも、どこか遠慮がちで

いることが相手にも伝わってしまう人がいる。


私は、どうやら後者のようだ。

人に頼みごとをするのも苦手だ。(頼まれるのは、結構好きだったりするww)

何なんだろうなぁ??

自分にはそれだけの価値が無い と心のどこかで、思っているのかしら?


もっと、「受け取り上手」な私 になりたいなぁ (*˘︶˘*).。.:*♡

考える葦

寝る前に感情が乱れると、どうしてもそのままを引きずってしまう。

どうせ乱すのであれば、極力昼間のうちに・・・ということかしら?

些細な事に目が行ったり、どうしてもこのままじゃ、「いつかろくでもないことになるんじゃないか」と

思ったりもするのだけれど、そう言いながらも、心のどこかで「大丈夫」っていう声が聞こえてくるの

だから、大きな意味ではきっと、大丈夫なんだろうな。


いろ~んな葛藤がある。投げ出したくなったりもする。でも、実際にはそんなことはしない。何で?

・・・何でだろう?う~ん、多分ずっと続くものではないし、それはそれで私自身の成長にも繋がる事

だと思うから・・・かな?終わりがあることを知っているのは、ある意味強みだと思う。

暗闇が永遠に続くことを感じるのなら、そこに救いの余地は 多分ない。

物理的なことではなくて、それは精神論だったりするのだろうけど、それで救われる人間がいるの

なら、結構なことではないか?


結局人間は、「考える葦」なのだから。

2013年1月16日水曜日

「制限」について

所詮 「制限」 なんてものは、自分が自分に 課しているものなんだろうな。

取り払ってみたら、「なんでこんなものに、囚われていたんだろう?」って思えてしまう。

でもって、「なんでもっと早いうちに、取れなかったんだろう?」って。

でも、まあ、それは仕方ないかも。取れるって、知らなかったんだから・・・ね。

で、私はいかにしてひとつの 「制限」 を取ったのか・・・と言うと

・・・分からないのだ(*^。^*)

いつのまにか、取れていた。

だから、他にも外したいものがたくさんあるのだけども、応用が効かない・・・

多分、ぼーっとしてるだけじゃ、ダメなんだろうとは思う。それは産まれてこの方、ずっとやってたか

ら(笑)

う~ん、意識はしたかな? 「制限」 自身を。でも、それがどうにかできる なんて事までは思って

いなかったような気はするんだな。

「開き直り」 はあったかも。つまりは、そういうことなのかしら?

2013年1月15日火曜日

母の嘆き

ずっとかわいいままでいたらいいのに・・・


芋虫がさなぎになって、蝶になるみたいに、人間も 肉体と精神 の変化をとげていく。

そうでなきゃならないことは、充分にわかってはいるけど(自分もそうであったし)やっぱり、赤ちゃ

んだった頃がなつかしい。


すでに変態を終えて、蝶になりかけの者をみると、安心はするのだけれど、カブトムシ(いや、さな

ぎか)真っ只中!には、本当に閉口する><


いつか終わりはくるんだろうけど。その頃には、新しいカブトムシが、また出現するんだろうなぁ・・・

母の道は、果てしなく長いのである・・・


嘆いている時間はもったいないので、私は私の時間を楽しむけど、ね。今日こそ予習しなくっちゃ

だ!

2013年1月14日月曜日

幸せな夢

幸せな夢を見た。なんだか最近、夢日記みたいになっているけれども(笑)

その夢の中で、私は久しぶりに絵を描いていたな。しかも私にしては珍しく、色に迷わないでスムー

ズに納得のいく絵を仕上げていた。どうして、描いていたのかは分からないのだけど。

会いたい人に会えて、ほんの少し言葉を交わす。それだけの事が、とても嬉しい(*′艸`)


さて、現実の世界は・・・というと、こちらはいささか、まだしこりのようなものがあるような、無いよう

な・・・(*^。^*)


ダンシャリは着々と進行中。ごみ袋を見ると、ワクワクした気持ちになれる ところまでいくのがもっ

かの理想ww


気持ちのダンシャリもしたいなぁ。ここのところ、同じ所をグルグルしてる。

望む自分 と 望まぬ自分 が同居しているのだから、始末に終えない。

手放したら、新しい何かが入ってくるのは分かるのだけど、手放してまで新しいものを欲しいと強く

思えないようでね。それが、執着っていうものなんだろうか?

でも、このままじゃ「いかん」という気持ちがあるのも、また偽らざる事実で、ね。

2013年1月13日日曜日

ようやくダンシャリ

そういえば、新月の願い事、改めて書くんだった。

おとといは イチゴ狩り に行く夢をみて、夕べは大好きなタレントさんと一緒にいる夢だったな。夢

とはいえ、嬉しかったのだ(*′艸`) 単純!

ここ数日はぐっすりと眠れてる。やっぱり、まだ早いのかな。いろいろと。

花の絵のコンテストもやっていて、少し興味をひかれる。描いてみたい・・・という気持ちが少し出

る。

昨日は思い切って、荷物の片付けを一部した。

この三連休で、やれるだけやろうと決めていたので。

何年も着ていないコートとかも、思い切って捨てた。まだまだある。

停滞したエネルギーのかけら達をこの際潔く捨てていくぞ!ただ、あまりの量に腰が重かったんだ

よね。

でも、片付いたその場所は、すっきりとしていて、達成感はあった。家中がこんな達成感で包まれ

たら、楽しいだろうな。その後の事は、それからだ。

2013年1月11日金曜日

寒中見舞い

新月を今日だと勘違いして、願い事かいてしまったけど(*^。^*)

明日改めて、また書き直そう。最近の願い事は、物理的なものが多いな。それだけ生活に現実感

が出てきたって事かしら?


そういえば、これが101回目の投稿らしい。いつから書いているのか覚えていないけど、新しい区

切りのひとつだね。しかも今日は1月11日!1がいっぱいだ!


寒中見舞いの葉書を書かなきゃね。でも、何て書いたらいいんだろう?

うわべだけの薄っぺらい言葉になって、相手を傷つけてしまうのは嫌だ。

でも、出さないという選択肢は 私には無い。出したいのだ。


なんで? 

言葉を掛けたいからだ。

なんて言葉を私はかけたい?掘り下げてみよう。自分の胸に。

2013年1月10日木曜日

本物の愛

「あなたに本物の愛をくれた人は、愛を育む、どんな方程式を持っていますか?」
の問いかけに対して、考えてみた。

「自分を愛せない人は、他人を本当には愛せない」「孤独感は、自己との根本からの離脱である」

私に本物の愛を(教えて)くれた人は、私が私自身を愛する事 の必要性を教えてくれたのだと思う。

愛は得るものではなくて、自己の中にある。自分が愛で満たされて、はじめて愛は外へこぼれていくのではないだろうか?

無条件の愛を与えられてこそ、人は他人を愛する事ができるという話もある。
じゃあ、まっすぐに人を愛せなかった私は、無条件の愛を与えられてこなかったのか?となると、そうとはいえない気がする。与えられた愛は、たくさんある。

でも、少なくとも私にとって1番必要だったのは、私が私を愛する事だったようなのだ。
いつも世界から切り離されているような感じがしていた。どこに居ても身の置き所が無くて、安住の地を求めていた。

でも、求めていたものが外側の世界ではなくて、自分の内側にあることを知った時から、(まわりは何も変わらないのに)確実に大きく変わっていった。世界が色を変えたのだ。そして、私はいつも何かとつながっている。

「愛」とは何だろう?目には見えないものであり、心の目がふさがれていれば、気がつく事も無い。でも、気がつくことができたなら、きっと世界は「愛」で満ち溢れているような気がするのだ。

少なくとも、私にとっては。そして、それはすごく 大切な事 でもあるのだ。

ここのところ、見る夢に変化が訪れている。

今朝は、一筋の流れ星の後に、山のような流星群が、幾度も幾度も降ってきた。

しかも、その空の中心には、星が降るたびに、かすかなオーロラのような色が映し出されていた。

イメージとしては、丸い円を中心にして、そこから星がビュンビュンと四方に流れていく感じ。いった

んおさまった後、中心に淡い虹色の光が夜空に残る。

日本でオーロラが見られた日には、世界も終わりだよなぁって、思いながら(笑)それでも、ただた

だ夜空を眺めていた。

目が覚めた今でも、はっきりと覚えている。まるで本当にこの目で見たかのように。


夢事典というものがあって、「流れ星」も「オーロラ」も、良いことが起きる兆しとのこと^^

例えどうであれ、私は充分満足している。

単純なんだけど、生きてて良かったなぁって、本当に思えるくらいに。

2013年1月9日水曜日

手放す

脳科学の茂木健一郎さんが翻訳した、「脳にいいことだけをやりなさい」という本の中に、「セドナメソッド」というものが、取り上げられている。
いつまでも心に巣食って、「今」を蝕んでいる感情を「手放す」というものだ。

やり方はいたってシンプルで、ただ自分の中でその感情を「今、手放す」と決意するのみ。
一度で離れなくても、何度か繰り返していくことによって、気持ちは永遠に離れていく。手にしたペンを床に落とすように。

似た様な事を書いた本はたくさんあって、この本の著者自身も マーシー・シャイモフ といって、「ザ・シークレット」の中でたびたび登場されていた。

興味深かったのは、そういった精神世界の本を、脳科学の専門家が わざわざ翻訳していたことだ。理論的に、もう説明がつく世界なのだろう、きっと。

私の中にある、もやもやした感情のひとつは、「好きゆえに、嫌い」という なんとも子供じみたものである。手放すべきは、「好き」という感情なのか、「嫌い」という感情なのか?
昨日私は、迷わず「好き」という感情を 手放す事を選んだ。そもそもそれが、根本だから。ただとっとと 全てを手放したかったのだ。
でも、今朝になって、私が手放すべきものは、まずは「嫌い」という感情なのでは?と思いなおした。それでもなお辛ければ、その時に 「好き」という感情 も手放してしまえばいい。

「急がばまわれ」 という言葉が浮かんだ。

消してしまうのは簡単だ。いや、実際はそう簡単ではないかもだけど。でも、作り上げていく事に比べたら、それは一瞬で終わってしまう。

「ホ・ポノオポノ」の世界では、ゼロに還ることを目指す。私は、何も持たないことの自由に憧れる。
だからここにきて、少し矛盾した気分を味わう。でもきっと、考えるだけ無駄 な事なのだと思う。
私はこういうときに、考えるのではなくて 「感じる」 事が、必要なのだということをすでに学んでいる。
私が今手放すべきは、「嫌い」という負の感情なのだろう。気がつけてよかった、と思う。心から。

2013年1月8日火曜日

珍しく、まともな夢を見た。知らない別の私が、知らない人と仲良く暮らしている夢と、今の家族でど

こか旅をしていて、友人に会う夢。

どちらも、私には珍しいパターンだな。でも、後味の良い夢だった。


原稿も終わって、所用も昨日ひとまず終わらせ、一区切りつけた。

現実的には難しい事がたくさんなんだけど、やりたい!という夢をあきらめたくないので、レッスン

のほうも続けていく事にした。やるからには、きちんと自学もして身につけないとね。


気持ち的には、「なんとかなるさ」 なのかな? 来るなら来い!かも。

今年の抱負は、「人の名前を覚える」だった。それは、言い返せば、「他人に興味をもつ」になる。

やった事が無いのだから(仕事以外では)一年後には、私の知らない私 がそこにいることになる

のだと思う。

2013年1月7日月曜日

優先順位

自分の中での優先順位というものが、きちんと定まっているかいないかでは、大きな差が出てくる。

本当に大事なもの、譲れないものって何だろう?

それがきちんと護られていない時は、なんだかものすごく後味が悪い。

分かっていても、ほかの事を優先してしまう時が多々ある。


大事なものと、護るべきものは同じなのだろうか?

それは自己であったり、血を分けた他者であったり。

実はそこのところが、まだ曖昧としている。私はまだ、自己認識すら曖昧なままなのかもしれない。


相棒は、実にきっぱりと定まっている。時には冷徹なくらいに。

男女の差もあるのだろう。

プラスマイナスでゼロ というところか。


昔理科の実験室で見た、成長する無機質の物体 みたいでもいいから(それは わかめ みたい

な不思議な物体だったけど)掴んでみたいと思う。

ないものねだり とは違う気がする。ただ、己に無くて、必要なもののひとつだ。



2013年1月5日土曜日

欠落

なんて言えばいいんだろう?何かが欠けている。絶対的に。

多分、それは決定的なもののひとつ。もちろん、全てでは無いのだけれど。

だからといって、何ができる?

周りは変えられない。

自分しか変えられないんだとして。

さて、今の私に出来る事って?

2013年1月4日金曜日

IQ84

朝起きてまず、ノートを取る事を日課としていた。それが、何ヶ月か前からPCという形になっているけど。どちらも、心の整理・・・という目的で。

熱いお茶や紅茶を飲みながら(コーヒーは飲めないので)その時心に浮かんだことを忘れないように書き記している。でも・・・

今朝は目覚めて、PCに向かうかどうしようか、すごく迷った。

昨日、久しぶりにBOOK OFFに行ったら 村上春樹さん の「IQ84」が、破格値で売られていたのだ。本のタイトル自体はもちろん知っていたのだけど、3冊組みで、ちゃんと買おうとしたら値段が高い・・ということで、今までスルーしていたのだ。
でも、昨日の本屋さんでも、手にとってページをめくった時には、実はいったん閉じてしまっていた。

私には、読みにくかったのだ。うまくいえないのだけれど、なんと言うか、文字だらけで。
文字だらけの本を読まないわけではない。
よほど興味があるものに関しては、どんなに分厚くて文字ぎっしりであろうが、気にしないで読める。要は、興味が持てるかどうかなのだ。

内容に関してはそのうち時間が取れたら、「本棚」のほうにもUPしたいと思うのだけれど(最近時間が無くて記録できないものばかり・・・もともと自分が何を読んだか、忘れないように記録するためのものだったから、自分自身必要なのだけど)
この本は、内容が2分構成になっていて、各章で主人公がクロスしていく。
最初に目にした章が、私には初め興味が持てなかったのだが、再度(ぱらぱらと)次の章を軽く流し読みした時に、ツボにはいってしまったのだ。

で、迷わず二冊組購入。本当はあと1冊あるらしいのだけど、そこには2巻までしか置いていなかったのだ。
読み出すと、どんな本に関しても止まらないのが、私の性分である。本当は徹夜してでも読みたかったのだけれど、今日から家族の一部が平常生活に戻るので、私も読み続けたいのを我慢して(笑)夕べは早くに床についた。

朝起きて一番に悩んだのは、続きを読むか、このブログを書くか・・・本当はやるべき事がもう1つあって・・・でも、朝起きてまず「書く」という事は、自分の日課としてなるべく続けていきたいと思っているので。

やりたいことがあって、幸せだと本当に思う。ありすぎて困るくらいなのだけれどもww

そういえば、村上さんの本を読むのは、学生の頃読んだ「ノルウェィの森」以来だ。そういう意味では、今回の作品も、村上ワールド全開である。

2013年1月3日木曜日

年末年始

年末年始、我が家はどうやら「ノロさま」が かっぽされていたようだ。ほぼ、一家全滅状態・・・

私も昨日の朝から、見る間に具合が悪くなって・・・久しぶりだった。

せめてもの救いは、チビちゃんがまだ大丈夫な事。

病気って、こんなに苦しかったっけ?って思うくらい、うなされながら寝込んでた。一日中。

夕方までひたすら寝ていたので、夜は眠れないかも・・・・との思いもなんのその。

そのまま朝までぐっすり。

夢の中では、家族が出てきていた。

知らない家に住んでていた。結構毎回違う家だったりする。


そういえば、元日に見るという 初夢。覚えてない>< 肝心のところだけが抜けているのね。

2013年1月2日水曜日

家出と温泉とおみくじ・・と

昨日の朝、「温泉に行きたいな」と思っていたら、些細なことから相棒と喧嘩して、昼から娘を連れて家出をする事になった。しばらく帰らないつもりで、荷物に本と枕までカバンに詰め込んで。

取り合えず、向かった先は温泉だった。

思いがけず 正月早々喧嘩した事にも、そして 来たいと朝思った「温泉」に実際に来た事にも、何
だか不思議な縁を感じた。普段なら、ありえないことだから。

喧嘩といっても、正確に言えば、互いには何も言っていない。向こうは向こうの言い分があって、私は私の言い分があって。ただ、置かれた立場が違うので、その場で相手に説明しても、多分伝わる事はないだろうし、なによりも感情的にならずに 説明できる自信がなかったのだ。

露天風呂につかってしばらくしたら、気持ちもゆっくりなって、なんだか「もういいや」とまで、思えるまでになった。でも、そのまま帰る気にまではなれずに、初めて元旦に二人で初詣に行ってきた。相棒は人ごみが嫌いなので、三が日の間に初詣に行く事はまず無い。

生活習慣の違いと言うか、私は行きたいのをずっと我慢していたのだ。些細なすれ違いは、他にもいっぱいあるけど。

で、行ってみたら・・・・夕方だと言うのに、何でこんなに人が並んでいるの?皆家出?って思うくらいの行列。多分お賽銭を投げるのに、2時間は並ばなくては たどり着かないんじゃないかと思うくらい<<o(>。<)o>>
出店でおやつを買って、近くのすいてる神社でお参りしてきた。初めて行った場所だったけど、いつも行く神社とは違う種類のお守りもあって(ラインストーンのやつとか)後日改めて参拝した時に、お守り見比べて買おうね、って言って、おみくじ引いて帰ってきた。何事も無かったかのように。

怒りにまかせて文句を言う事は簡単だ。でも、多分、私が相手の立場だったら、同じように思い、そして相手も私の立場だったら、多分私と同じように思うんじゃないかな・・・という状況だった。どっちが正しいという問題じゃない。その場に居ないと分からない事がある。それだけのことだ。

ちなみに今年のおみくじは 小吉。願い事は、春に叶うと書かれていた。まさしく春に向かって、今進めていることがある。背中を押された感じ(´◡`)
総論として、いいお正月だったような気がするのは、根が単純だからだろうか?

2013年1月1日火曜日

明けましておめでとうございます。

何も書かれていない(書いていない)まっさらなカレンダーが、とても初々しい朝。

夕べは、昔の職場の仲間たちと(年賀状の影響かしら?)、満月の夜の露天風呂に入った夢を見

た。

温泉に入る夢や、露天風呂に入る夢って、久しぶりだなぁ。

正確には、今日の夜に見る夢が初夢らしいのだけど、元旦の朝から、なんだかいい気分で目が覚

めたな。

昨日までは、なにかと忙しくてばたばたしていたけれど、今日くらいはゆっくりと、子供の相手をしよ

うっと。


新しいチャレンジにも、ワクワクしてる。それは、自分のためというよりも、相手の笑顔を想像してし

まうから。結果がどう出るかわからないけど、待ちわびるこの時間もせいいっぱい楽しんでいこう!

新しい年が、たくさんのワクワクでいっぱいの年でありますように。そして、まだまだ身軽になってい

きますように。

「ゼロ」に向かって。